歌詞の意味・考察・世界観

FunnyBunny(ファニーバニー)歌詞の意味と世界観は?解釈を考察

ピロウズの名曲の一つ「Funny Bunny」の不思議な世界観と歌詞の意味について考察してみました。

Funny Bunnyについて

FunnyBunny(ピロウズ)の歌詞の意味

王様の声に逆らって

ピロウズの曲ではどこかおとぎ話のような世界観、抽象的なキーワードが出てきます。

  • 学校などの校則
  • 会社や上司
  • 家族(父親)

というように、現実世界の何かしらの所属やとらわれているものを「小さな王国」に見立てているように思います。

その「小さな王国」に逆らってマズイ状態なはずなのに「キミ」は笑っていました。

キミは笑っていた

  • 逆らった「キミ」自身が笑っていた
  • 逆らった「僕」をみて「キミ」は笑っていた

この両方にもとらえられる部分でもあります。

 

オーロラにさわれる丘の上

  • 夢を語れる・見れる
  • 女性に触れる・会える

両手を伸ばして 僕を誘っていた

という歌詞が続くために、どちらとも意味が取れるフレーズになります。

 

ほどけてばらばらになったビーズ

女性のブレスレットやネックレスにも思える一節ですが、この後の展開から

「キミと僕の縁がキレイに切れてしまった」

ということを暗に示しているフレーズに捉えることができます。

 

Funny Bunnyが発売された1999年当時、民族風のアクセサリーが流行となっていて、女性はもとより男女ともにビーズのブレスレットなども違和感なく付けられていたようです。Jリーグ開幕後なので、ミサンガ(刺繍糸、ビーズ)もすでに馴染みがあったため、一概に「男女の別れの曲」という解釈以外にも「少年たちの友情」という捉え方もできます。

 

ともあれ、このビーズを「夜空にプレゼントした」ということは

  • 星になった
  • あえて空へ向かって投げ捨てた

というふうに考えることもできます。

ただ、個人的にこのあとの展開を考えると「夢をつかもうという誘いを『僕』は断ち切ってしまった」という意味の方が好きです。

道化師は素顔見せないで 冗談みたいにある日いなくなっていた

Funny Bunnyに出てくる人物を指し示す言葉は

  • 王様
  • キミ
  • 道化師

なのですが、この「道化師」が

「キミ」である可能性が高いです。

「キミ」は笑っていたまま、素顔(本音)を見せないでいなくなったーー

という別れを指すフレーズです。

世界はきょうも簡単そうに回る そのスピードで涙も乾くけど

印象に残る一番好きなフレーズです。

世界はいとも簡単にめまぐるしく回っているように感じられ、流した涙も乾きやすい=泣いている時間や余裕はないんだと言われているようです。

いなくなったことが悲しい=道化師みたいな「キミ」との突然の別れが寂しく辛い、という意味合いが伝わってきます。

キミの夢が叶うのは誰かのおかげじゃないぜ

個人的に、サビに入った途端に、おとぎ話みたいな世界観からぶった切られて、現実の別の応援歌みたいに聞こえるフレーズです。

しかしながらたったこの1行で

「キミがいなくなったのは、キミ自身の夢を叶えるため」

というのが伝わります。

目に浮かぶ照れた後ろ姿に会いたいな

キミの笑顔でも横顔でもなく「後ろ姿」。

キミ自身に会いたいではなく、「後ろ姿」。

 

この表現から

  • 僕がキミを評価して褒めていたためか、照れて僕よりも前に歩いて顔を隠していた
  • 夢に向かって僕よりも何歩も前を歩いていた

つまり、僕はキミを追っている状態で、夢に向かって歩んでいるキミの後ろ姿に「会いたい」くらい、キミは見えないところまで行ってしまった……という解釈もできます。

 

飛べなくても不安じゃない 地面は続いてるんだ

好きな場所へ行こう キミならそれができる

今まで「キミ」を見守っていて残っている「僕」が贈ることができるエールのように思えます。

 

Funny Bunnyとは誰の何のことなのか?

BunnyはRabbit(うさぎ)の愛称

Funnyには「面白い、変、明るい」という陽気な意味合いがあります。

そしてBunny(バニー)というのはうさぎのことを指しますが、Rabbit(ラビット)と違うのは「うさぎの愛称みたいな言い方」だからです。

日本語に例えるなら、ラビットは「うさび」、バニーは「うさちゃん」「うさこ」みたいなノリでしょうか。

ですので

Funny Bunnyは直訳すると

「明るい面白い変なうさぎちゃん」

という意味になります。

Funny Bunnyは「キミ」のこと?

そうなると「僕」は「キミ」のことを

なんだか可愛くもがいて、ぴょんぴょん走り回っている滑稽なうさぎちゃん

という風に見ていたことにもなって、どうにもしっくりこないイメージがあります。

Funny Bunnyは陰の努力を見守ってきた「僕」だから歌える曲

なんだか面白おかしく駆け回って跳ね回ってるだけの変な子じゃないか。

……というのが世間一般的にみた「キミ」の可能性があります。

ただ実のところそれは夢に向かってひたむきに懸命に努力していた姿であって、ほかの人達にとっては「ばかばかしい姿」「夢ばかり追っていて変」「現実みてない軽いヤツ」などというふうにしか捉えられず、「キミ」は冷遇されていたのかもしれません。

だからこそ「キミの夢が叶うのは」キミ自身の努力なんだよと歌い上げている「僕」がいる。

「風の強い日を選んで走ってきた」といえるほどの、周りの環境にあえて逆らい、夢のためのツライ努力を選んで頑張ってきたのだからと「僕」が褒め称えているのだと思います。

 

Funny Bunnyの世界観

これまでの意味や個人的解釈をもとに、世界観をいくつか考察しました。

父親に反対されて夢に向かい飛び出した「変わり者の女子」の物語

特に「オーロラに触れる丘の上」「キレイだねって夜空にプレゼント」から、僕とキミ(少女)の物語なのかなと。

そうなると、ちょっと生生しい解釈もできます……

「オーロラに触れる丘の上」…恋人たちが触れ合う場所

「両手を伸ばして僕を誘っていた」…女子から誘惑

「ばらばらになって解けたビーズ」…押し倒した?

「キレイだねって夜空にプレゼント」…押し倒したから仰向けで夜空見える?

結局女子は「私がいるべき場所はここじゃない!」「夢を叶えるためには別のところだ」と姿を消すわけです。

ただ、そうなると、取り残された「僕」がちょっと偉そうというか、負け惜しみ?を言っているようにも聞こえる部分が出てくるわけです。

飛べなくても不安じゃない 地面は続いてるんだ

好きな場所へ行こう キミならそれができる

この最後のフレーズが少しだけ引っかかるなあといったところです。

 

立場の違う者たち同士の夢を応援する世界観

個人的な解釈として一番推したい世界観です。

かたや今の場所で夢に向かってもがいていて周りに滑稽な人扱いされていた「キミ」、かたや「キミ」と「夢」にあこがれて応援もしていたけれども周囲になじんで身動きができない「僕」。

 

僕=「キミ」が飼っていたウサギである世界観

飛べなくても不安じゃないといえる「僕」

好きな場所へいけない「僕」

から大きく飛躍させた世界観です。

 

まとめ:Funny Bunnyが愛され続ける理由

ピロウズはアニメによって世界的に知られる日本のバンドとなりましたが、Funny Bunnyが愛される理由のひとつに「夢などに挑戦することを後押ししてくれること」が理由ではないでしょうか。

「夢が叶わなくても、失敗しても不安なんてない。次の機会(場所)は繋がってある」

「夢を叶えたり活躍できる場所、自分が輝ける場所を見つけに行くことだってできるよ」

という、メッセージにグッとくる人が多いように思います。

 

それでは!

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