内田康夫「孤道」原作ネタバレ詳細(前編)!今後の展開と受賞作発表は2018年11月?

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第三章 鈴木屋敷

鈴木家の前に立つ浅見たち。

三千惠は鈴木屋敷についてあまり詳しいことは知らず、門脇が説明をする。

 

ーー鈴木家は今から122代前に始祖がこの地に住んだ。

藤白浜という海岸あたりだったことから「藤白鈴木家」といわれている。

藤白鈴木家が全国の鈴木氏の総本家のようなもの。

平安末期に熊野の新宮からこの地に移り住み、この屋敷を建てた。

以来、上皇や法皇たちが熊野古道に参る時の御宿泊所とされ、源義経も牛若丸のころにここを訪れ、鈴木家の子どもたちと遊び回り「義経弓掛の松」というのが残っている(枯れては植え替えしているので何十代目かの松になる)

 

しかしながら、秋田県羽後町の「羽後鈴木家」、三河の「三河鈴木家」といった具合に全国に存在していて、それらの始まりはいずれも「藤白鈴木家」であることは間違いないものの、直系かどうかは分からないという。

 

話は先々代の鈴木義弘の祖父、鈴木義麿の話に。

義麿が産まれた当時の鈴木家は、和歌山県だけでなく、大阪の北から京都府南部、兵庫県頭部にまたがる農地や山林を保有数大地主。子供のころは若様とよばれ、京都帝国大学を卒業、いずれは大学教授か県知事にでもなると言われていたものの、戦争やらなにやらでうまくいかなかったらしい…。

不動産会社の創立は先代からのこと。しかしながら不動産ブームの時流に逆らう主義で、鈴木屋敷を売らずに済み、開発の手から免れていたという。

ただ義弘の代になってから少しやわらかくなり、大阪の業者が入り込んで口説いていたらしく、義弘の性格では大阪の地上げ屋に抵抗しきれるかどうか……

 

というのが、門脇の見解だったーー。

浅見は地上げ屋に犯罪の匂いを感じ、再開発などの立ち退き問題が鈴木義弘殺害事件の動機になりうるのでは考えた。

門脇がいうには、警察はまだ土地絡みの話があったか気づいてないかもしれないという。

浅見は鳥羽に「ジャーナリストとして真相究明に乗り出す気にならないのか?」と発破をかけるが、「真相に興味はあるものの、事件直後、重要参考人扱いされたし深入りするとまた疑いをかけられる。当分の間は何も知らなかったことにしておきたい」と逃げ腰。

 

見かねた三千惠が私から警察に話す、と申し出たことから、三千惠自身も天満橋署の松永部長刑事に聞き込みをされたことがわかる。

鈴木家から離れる際に三千惠が、一週間くらい前に鈴木屋敷を見学にきたと思われる人から、持ち主は誰か?と訊かれたことを思い出す。

 

門脇と別れ、鈴木夫人(真代)の元へ戻ると、主人(義弘)があの鈴木屋敷の土地を欲しいという人がいたのだという。

詳しく訊くと、鈴木屋敷だけでなく、どこかの土地を買うのと抱き合わせで譲ってもらえないか?という条件付きだったというが、鈴木屋敷近辺の土地ではないらしく、義弘は難色を示していたのだという。

三千惠は時間に追われ立ち去ることになり、送り出しのため鳥羽も後をついていった。

浅見は真代に「どこかの土地」に心当たりはないか尋ねている経緯の中で、真代の口から「主人の父親は一度『祟り』ということを言っていた」という。

鈴木屋敷および周辺は文化史跡の指定もされていて制約があるのに、それを承知の上で鈴木屋敷を買おうというのは何か利用価値を見出してというよりも、もう一つの土地の方が欲しかったからではないのか?

不動産会社唯一の社員・松江に電話で確認をとってみると、それらしい話を客と電話で長々と喋っていたのを聞いたことがあるという。

事件前の夜に義弘から聞いた話はこの時の電話の内容だったかもしれないと思う真代。

松江の話では、電話相手の名前は覚えてないものの、「島本」という名前を聞いた気がするという。

ちょうどよく鳥羽が戻ってきて、面白いエピソードがある、といって話しはじめた。

 

戦後何十年ぶりかでルバング島から生還した小野田さんは、じつはここ海南市の出身だということーー帰国後間もなく、お礼の報告とした時、石段を上がらす脇を通って社殿に詣でた。本人としては敗軍の将として遠慮が働いのたのではないかというーー。

そこから、正面の拝殿の右手に三体の仏像が安置されている建物があること、神社に仏像の珍しさを浅見が鳥羽に訊くと

「それが熊野の熊野らしいところ」

「藤白神社周辺を、地元では『ゴンゲ様』、正確に言うと『藤白王子権現』の略」

という話をきく。

 

「王子権現」

の言葉に、浅見はギョッとして大声を出してしまう。

王子権現は東京北区にある神社。

しかしながら藤白神社はかつて神社と寺が一体化していて『権現』と言われていた、つまりは熊野権現の一つと考えてもいい……

 

奇しくも、軽井沢のセンセの代参の依頼はひとまず片付いたことになった!

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日頃は信仰心の乏しい浅見だったが、思いがけない出会いで目指す権現様と遭遇できた幸運を感謝し、この先も神仏の加護と霊験があることを信じてもいい気分になった。かくして拝殿に参拝してお守りを買った。

 

鈴木義弘の会社「八紘(はっこう)昭建」は海南市役所近くにあった。浅見は早速出向き、松江に義弘の電話の様子を改めて訊ねた。

話の様子から、電話の相手とはあまり良好ではなかったこと、電話を切ったあとに「しつこいやっちゃなあ」とぼやいていたという。

浅見が会社名の由来を松江に聞いても分からず、鳥羽がシャシャリ出て「ハ紘一宇」という太平洋戦争中に日本の海外進出を正当化するために用いた標語であることや、日本書紀に出てくる神武天皇の『六合(くにのうち)を兼ねてもって都を開き、八紘(あめのした)を●(おほ)ひて宇(いへ)にせむ』を根拠に、世界統一の原理と解釈したところからきていることなどを説明しはじめた。

浅見に指示されて社名の遍歴を松江が調べてみると、社名に「八紘」がついたのは義麿の代だという。

松江から義麿がとてつもなく優秀だったこと、京大で地震学を選考し、卒業時には考古学に変わってたことを知る。

なぜ地震学から考古学へ変わったのかは「秘密で誰にも言う訳にはいかない」と松江は言われたのだという。

浅見は考古学に転向してその理由を秘密にしなければいけない事情が気になってしかたがないが、鳥羽はまったく理解してくれなかった。

改めて義弘の電話の相手について3人で議論していると、島本は地名ではないか?という推測が立ってきた。淀川の上流、大阪の北の方で淀川のどんづまり、桂川と宇治川が合流するあたりが三島郡島本町だという。

島本付近、高槻市には鈴木の持つ土地があるという。

松江が地図で指差す周辺を見てみるとーー

 

「京都大地震観測所」

 

の文字が。

このあたりの土地も鈴木義弘の所有なのか?松江に調べてもらうが、探し当てるのに時間が掛かりそうだーー鳥羽はしびれをきらして「戻らなければならないんですが」と腰を上げた。

 

まとめ:早く読みたい、でも読みたくない……

今回は長くなるので、「前編」「中編」「後編」と分けることにしました。

 

それにしても、なんでしょう、この相反する気持ち……。

続きを読みたいんです、でも、読みたくない気持ちもあるんです…orz

好奇心で、大風呂敷広げっぱなしの尻切れトンボみたいな状態で投げ出された謎の結末が知りたい !

でも

終わってしまうと…浅見光彦シリーズが完全に終わってしまうような気持ちにもなるんですよ……。

 

しかし、やっぱり読みたい。

 

そんな表裏一体の複雑な心中でもあります。

一体どんな方が『孤道』および浅見光彦シリーズを紡いでくれるのでしょうか?

 

 

それでは!

 

追記

原作ネタバレが読みたい?貴方も好きねぇ……。

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